冷たい祝福
Public Story

冷たい祝福

冷たい石の感触が、メルの背中全体に染み渡っている。彼女はゆっくりとまばたきをした。天井に描かれた魔法陣が、かすかに青い光を放ちながらゆっくりと回転している。その光が、自分の裸体に落ちる影を揺らめかせていることに、彼女はしばらく気づかなかった。 「起きたか。」 声は低く、平坦だった。メルはその声の主を見上げる。銀色の髪が、薄暗い部屋の中でも不思議な輝きを放っていた。シエル。彼女の創造主。その赤い瞳が、まるで壊れ物を検分するかのように、彼女の全身をなぞっている。 メルは自分の体を起こそうとした。腕に力が入らない。指先が震え、肘が石の床に触れるたびに、冷たさが骨の髄までしみこむ。彼女は自分の手のひらをじっと見つめた。透き通るように白い。血管の青い線が、かすかに透けて見える。これは、自分の手だ。けれど、それが何を意味するのか、彼女にはまだわからなかった。 「名前を、お前に与える。」 シエルがゆっくりとしゃがみ込む。彼の顔が、メ...

上羽薄荷
Author上羽薄荷
Created16. June 2026
Chapters78

Story context

World description

外界から隔絶された、美しくも妖しげな塔が舞台。塔の内部は迷路のように入り組み、各部屋には異なる魔法の気配が漂っている。最上階にはシエルの研究室があり、禁断の魔法書や奇怪な実験器具が所狭しと並ぶ。塔の周囲には深い森が広がり、決して外の世界へは出られないよう、強力な結界が張り巡らされている。空は常に曇り、塔には終末的な静寂が支配している。

Initial situation

あなたは目を覚ます。冷たい石の床の上、裸のまま横たわっている。天井には見たことのない魔法陣が描かれ、薄暗い部屋にはかすかに硫黄の香りが漂っている。目の前には、銀色の長い髪をした美しい男、シエルが立っている。彼の赤い瞳は、まるで値踏みするかのようにあなたを見下ろしている。彼の口元は微動だにせず、その表情からは一切の感情が読み取れない。あなたは自分の手を見る。透き通るように白い肌。これが、あなたの最初の記憶だ。

Objective

創造主であるシエルに愛されること。そして、自分自身の感情を理解すること。

Chapter samples

1
Chapter 1
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冷たい石の感触が、メルの背中全体に染み渡っている。彼女はゆっくりとまばたきをした。天井に描かれた魔法陣が、かすかに青い光を放ちながらゆっくりと回転している。その光が、自分の裸体に落ちる影を揺らめかせていることに、彼女はしばらく気づかなかった。 「起きたか。」 声は低く、平坦だった。メルはその声の主を見上げる。銀色の髪が、薄暗い部屋の中でも不思議な輝きを放っていた。シエル。彼女の創造主。その赤い瞳が、まるで壊れ物を検分するかのように、彼女の全身をなぞっている。 メルは自分の体を起こそうとした。腕に力が入らない。指先が震え、肘が石の床に触れるたびに、冷たさが骨の髄までしみこむ。彼女は自分の手のひらをじっと見つめた。透き通るように白い。血管の青い線が、かすかに透けて見える...

冷たい石の感触が、メルの背中全体に染み渡っている。彼女はゆっくりとまばたきをした。天井に描かれた魔法陣が、かすかに青い光を放ちながらゆっくりと回転している。その光が、自分の裸体に落ちる影を揺らめかせていることに、彼女はしばらく気づかなかった。 「起きたか。」 声は低く、平坦だった。メルはその声の主を見上げる。銀色の髪が、薄暗い部屋の中でも不思議な輝きを放っていた。シエル。彼女の創造主。その赤い瞳が、まるで壊れ物を検分するかのように、彼女の全身をなぞっている。 メルは自分の体を起こそうとした。腕に力が入らない。指先が震え、肘が石の床に触れるたびに、冷たさが骨の髄までしみこむ。彼女は自分の手のひらをじっと見つめた。透き通るように白い。血管の青い線が、かすかに透けて見える。これは、自分の手だ。けれど、それが何を意味するのか、彼女にはまだわからなかった。 「名前を、お前に与える。」 シエルがゆっくりとしゃがみ込む。彼の顔が、メルの目の前に近づく。その距離は、彼の息遣いさえ感じ取れそうなほどだった。けれど、彼の呼吸は静かで、まるで生きているのかどうかさえ疑わしい。 「メル。それがお前の名前だ。」 彼の指が、そっとメルの頬に触れた。その指先は、想像していたよりもずっと冷たかった。けれど、その冷たさの奥に、ほんのわずかな温もりが宿っているような気がした。メルはその感覚に、なぜか心臓が早鐘を打つのを感じた。この感覚が何なのか、彼女には理解できなかった。ただ、彼の指が離れていくのが、ひどく惜しいと思った。 「立て。」 シエルは立ち上がり、振り返りもせずに部屋の奥へと歩き始める。彼の長い銀髪が、背中で揺れた。メルは再び自分の腕に力を込める。今度は、先ほどよりもスムーズに体を起こせた。石の床は冷たく、彼女の白い肌をさらに青白く見せている。 部屋の中を見渡す。壁には無数の魔法書が積み上げられ、床のあちこちには見たこともない形の器具が転がっている。窓は一つもなく、ただ天井の魔法陣だけが、この空間の唯一の光源だった。 メルは裸のまま、よろよろと立ち上がる。自分の体が、ひどく軽く感じられた。まるで、この世界にしっかりと根を下ろせていないような、頼りない感覚だった。 「シエル…」 彼女の口から、自然とその名前がこぼれ落ちた。その声は、自分でも驚くほどか細く、震えていた。 シエルは立ち止まった。けれど、振り返らない。彼の背中が、魔法陣の青い光に照らされて、冷たく、そしてどこか悲しげに見えた。

2
Chapter 2
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シエルの背中が、青い光の中を遠ざかっていく。 メルは裸のまま、一歩を踏み出した。足の裏に石の冷たさが直接伝わる。その感触が、自分が今ここに立っているという実感をかすかに与えてくれる。けれど、体はまだ不安定で、ひどく頼りない。 「待って…」 言葉は喉の奥で消えた。声にならなかった。 彼女はもう一歩を踏み出す。よろめきながらも、裸の足を石の床に擦らせて、シエルの後を追う。壁に手を触れようとしたが、届かなかった。そのまま体が傾ぐ。数歩進むたびに、膝ががくがくと震えた。 この体は、まだ歩くことを覚えていない。 それでもメルは止まらなかった。シエルが遠ざかっていく。その背中が、この世界で唯一の確かなもののように思えた。彼の銀の髪が、部屋の薄明かりを反射しながら揺れている...

シエルの背中が、青い光の中を遠ざかっていく。 メルは裸のまま、一歩を踏み出した。足の裏に石の冷たさが直接伝わる。その感触が、自分が今ここに立っているという実感をかすかに与えてくれる。けれど、体はまだ不安定で、ひどく頼りない。 「待って…」 言葉は喉の奥で消えた。声にならなかった。 彼女はもう一歩を踏み出す。よろめきながらも、裸の足を石の床に擦らせて、シエルの後を追う。壁に手を触れようとしたが、届かなかった。そのまま体が傾ぐ。数歩進むたびに、膝ががくがくと震えた。 この体は、まだ歩くことを覚えていない。 それでもメルは止まらなかった。シエルが遠ざかっていく。その背中が、この世界で唯一の確かなもののように思えた。彼の銀の髪が、部屋の薄明かりを反射しながら揺れている。あの冷たくて、わずかに温かい指先。もう一度、触れてほしい。ただ、それだけが彼女の原動力だった。 「お前はもう、立っている。」 突然、シエルの声が前方から聞こえた。彼は立ち止まっていた。けれど、依然として振り返らない。 「ついて来い。」 それだけ言うと、彼は再び歩き始めた。足音は規則正しく、迷いがない。メルにはその足音が、どこか寂しげに聞こえた。錯覚かもしれない。彼女にはまだ、何が錯覚で何が真実なのか、区別がつかなかった。 メルは必死に歩き続ける。自分の足を、自分の意思で動かす。その感覚は不思議で、まるで操り人形が初めて糸を自ら動かそうとするような、ぎこちなさがあった。 部屋の出口は、思っていたより近かった。シエルがその重そうな扉に手をかける。金属の冷たい音が、室内に響いた。 扉が開かれると、そこから見慣れない薄暗い廊下が続いていた。空気が変わった。かすかに何かが混ざったような、別の階層の匂いがする。 シエルは一瞬、足を止めて、その先を見据えていた。その横顔が、扉の隙間から漏れる光に照らされる。無表情。まるで彫像のように動かない。 「ここが、お前の世界だ。」 彼の言葉は、ただの事実の提示だった。そこに温情も警告も含まれていない。メルはその言葉の意味を、完全には理解できなかった。ただ、彼の冷たい横顔を見つめながら、その先の闇と、未知の空気の中へ、一歩を踏み出す準備をした。 シエルが、何のためらいもなく廊下へと足を踏み入れる。その背中が、再び遠ざかり始める。

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Chapter 3
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シエルの背中を追いながら、メルは裸足で冷たい石の廊下を進む。足の裏に伝わるひんやりとした感触が、一歩ごとに全身へと広がっていく。壁にはところどころ古びた燭台が取り付けられ、かすかな炎が揺らめいていた。その灯りが作り出す影が、シエルの長い銀髪を撫でるように動く。 廊下はいくつかに分岐していたが、シエルは迷うことなく一本の道を選ぶ。彼の歩調は一定で、メルがどれほどよろめこうとも待つことはない。彼女は必死にその後を追い、自分の足が地面を捉える感覚に集中する。まだ不安定だが、先ほどよりはましになっていた。 やがてシエルが、一つの扉の前で立ち止まる。他の扉と変わらないように見えたが、彼がその取っ手に手をかけた瞬間、空気が変わった。扉の向こうから、かすかに何かが流れ出してくる。そ...

シエルの背中を追いながら、メルは裸足で冷たい石の廊下を進む。足の裏に伝わるひんやりとした感触が、一歩ごとに全身へと広がっていく。壁にはところどころ古びた燭台が取り付けられ、かすかな炎が揺らめいていた。その灯りが作り出す影が、シエルの長い銀髪を撫でるように動く。 廊下はいくつかに分岐していたが、シエルは迷うことなく一本の道を選ぶ。彼の歩調は一定で、メルがどれほどよろめこうとも待つことはない。彼女は必死にその後を追い、自分の足が地面を捉える感覚に集中する。まだ不安定だが、先ほどよりはましになっていた。 やがてシエルが、一つの扉の前で立ち止まる。他の扉と変わらないように見えたが、彼がその取っ手に手をかけた瞬間、空気が変わった。扉の向こうから、かすかに何かが流れ出してくる。それは匂いとも温度とも違う、別種の気配だった。 シエルが扉を押し開ける。重い音が廊下に響き、中から柔らかな光が漏れ出した。 「ここが、お前の部屋だ。」 彼の声は相変わらず平坦だったが、その言葉にメルはわずかに首を傾げる。自分の部屋。その言葉の意味を、彼女はまだうまく掴めなかった。 シエルが中へ入る。メルはその後に続いて、部屋の敷居をまたいだ。 その瞬間、彼女は息を呑んだ。 部屋は、彼女が目覚めたあの石の部屋とも、廊下ともまったく違っていた。壁には淡い青色の光を放つ結晶が埋め込まれ、部屋全体を優しい明かりで満たしている。床には柔らかな織物が敷かれ、その上にいくつかのクッションが置かれていた。隅には低い机があり、その上には見たことのない形の器と、花のようなものが飾られている。 何より驚いたのは、部屋の中央に置かれた寝台だった。木製の枠組みに、白い布が幾重にも重ねられている。あの硬い石の床とは違い、そこには明らかに「休むためのもの」としての意図が感じられた。 メルはその光景に、自分の中に何かが芽生えるのを感じた。それが何なのかはわからない。ただ、胸の奥がわずかに温かくなるような、不思議な感覚だった。 シエルは部屋の中央で立ち止まり、ゆっくりと周囲を見渡した。その横顔は相変わらず無表情だが、彼の視線が一つ一つの調度品を確かめるように動く。 「ここでは、お前は自由だ。」 そう言って、彼は窓辺へと歩いていく。窓の外には、相変わらず曇った空が広がっている。しかし、この部屋の中だけは、どこか別の世界のように穏やかな空気が流れていた。 メルは裸のまま、その場に立ち尽くす。自分の部屋。自由。その言葉の意味を、彼女はまだ完全には理解できない。けれど、この柔らかな光と、足の裏に感じる織物の感触が、彼女に初めて「ここにいてもいい」という感覚を与えていた。 シエルが窓辺から振り返る。その赤い瞳が、メルを静かに見つめていた。

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