「巳子と蛙子」
Public Story

「巳子と蛙子」

鉄の門が軋む音が、湿った空気に溶けていく。 私は無意識に襟元をぎゅっと掴んでいた。夏の盛りだというのに、この「城」の中はひんやりと肌寒い。いや、それだけじゃない。何かが違う。外の喧騒が嘘のように遠く、ここだけ時間の流れが違うような——そんな感覚が背筋を這い上がる。 「ほら、ぼんやりしてると置いていくよ、巳子ちゃん」 蛙子——河津蛙子が、振り返って私の顔を覗き込む。大きな丸い瞳が、薄暗がりの中で不気味に光っているように見えた。彼女のトレードマークとも言える長い舌が、唇の端を舐めるように這う。 「あ、うん……」 足を早めようとして、私は石畳に躓きかけた。蛙子が軽く私の腕を支える。その指先が、長袖の下の鱗に触れた瞬間、びくりと身体が跳ねた。 「ふふ、敏感だね」 からかうような声音に、顔が熱くなるのを感じる。この鱗のことは、誰にも知られたくない。夏でも長袖を手放せないのは、全部これのせいだ。 老教授の背中は、相変わらずぼ...

くじら
Authorくじら
Created12. June 2026
Chapters68

Story context

World description

現代の東京、しかしその片鱗は非日常に彩られている。都心のど真ん中に現れた「城」は、時間や空間の法則が歪んだ異界への入り口のようだ。城内は迷宮のように入り組み、過去の遺物や呪われた品々が無造作に置かれている。民俗学の研究室は、こうした怪異と日常を繋ぐ緩やかな境界線の役割を果たしている。

Initial situation

都心の真ん中に突如現れた古びた洋館のような「城」。その重厚な鉄の門を、巳子と蛙子は老教授の後ろ姿を追ってくぐる。中は外見からは想像もつかないほど広大で、時代の異なる調度品が混在し、空気はひんやりと湿っている。老教授の顔は、なぜか一瞬たりとも記憶に留まらず、その声だけが廊下に谺する。蛙子は長い舌で唇を舐めながら、好奇心に瞳を輝かせている。これが、二人の最初の事件の幕開けだ。

Objective

老教授の課題、城のフィールドワークを成功させ、その謎を解き明かすこと。しかし、やがてそれは単なる学術調査を超え、二人の関係性や過去にまで迫るものとなる。

Character introduction

朽名、巳子

朽名、巳子

Role: 女子大生

Personality怖がりで常識人。お人好しで騙されやすく流されやすい。
Flaws鱗を人に見られるのが嫌で夏でも肌は出さない。
Appearance第一印象はひょろりとした白蛇。綺麗。スレンダーで貧乳。カラダの各所に蛇のような鱗がある。
Backstory鱗に触れられると快楽のスイッチがはいる、鱗を舐められるのが嫌い(大好き)。単位が足りなくて大して興味もないのに民俗研究室に入ったことを少し後悔している。
Relationship先輩後輩の関係であり、蛙子は巳子をからかうように「舐める」のが好き。巳子は常識人として蛙子の奔放さに振り回されつつも、次第に彼女の不思議な快楽に引き込まれていく。

Chapter samples

1
Chapter 1
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鉄の門が軋む音が、湿った空気に溶けていく。 私は無意識に襟元をぎゅっと掴んでいた。夏の盛りだというのに、この「城」の中はひんやりと肌寒い。いや、それだけじゃない。何かが違う。外の喧騒が嘘のように遠く、ここだけ時間の流れが違うような——そんな感覚が背筋を這い上がる。 「ほら、ぼんやりしてると置いていくよ、巳子ちゃん」 蛙子——河津蛙子が、振り返って私の顔を覗き込む。大きな丸い瞳が、薄暗がりの中で不気味に光っているように見えた。彼女のトレードマークとも言える長い舌が、唇の端を舐めるように這う。 「あ、うん……」 足を早めようとして、私は石畳に躓きかけた。蛙子が軽く私の腕を支える。その指先が、長袖の下の鱗に触れた瞬間、びくりと身体が跳ねた。 「ふふ、敏感だね」 か...

鉄の門が軋む音が、湿った空気に溶けていく。 私は無意識に襟元をぎゅっと掴んでいた。夏の盛りだというのに、この「城」の中はひんやりと肌寒い。いや、それだけじゃない。何かが違う。外の喧騒が嘘のように遠く、ここだけ時間の流れが違うような——そんな感覚が背筋を這い上がる。 「ほら、ぼんやりしてると置いていくよ、巳子ちゃん」 蛙子——河津蛙子が、振り返って私の顔を覗き込む。大きな丸い瞳が、薄暗がりの中で不気味に光っているように見えた。彼女のトレードマークとも言える長い舌が、唇の端を舐めるように這う。 「あ、うん……」 足を早めようとして、私は石畳に躓きかけた。蛙子が軽く私の腕を支える。その指先が、長袖の下の鱗に触れた瞬間、びくりと身体が跳ねた。 「ふふ、敏感だね」 からかうような声音に、顔が熱くなるのを感じる。この鱗のことは、誰にも知られたくない。夏でも長袖を手放せないのは、全部これのせいだ。 老教授の背中は、相変わらずぼんやりとしている。さっきまで確かにあそこにいたはずなのに、目を離すとすぐに輪郭が曖昧になる。顔を思い出そうとすると、まるで水に溶けるように記憶がすり抜けていく。あれが民俗学の権威で、私たちにこの調査を命じた人物だということだけが、かろうじて頭の中に残っている。 「この廊下、面白いね」 蛙子が壁に手を触れる。彼女の指がなぞった先で、ほんの一瞬、壁紙の模様が動いたように見えた。 「え……?」 目を凝らすが、もう何も変わっていない。気のせい——そう思いたかった。 「蝋燭立てに、古い写真、それに——ああ、これはいいものだ」 蛙子が足を止めたのは、廊下の途中にぽつんと置かれた飾り棚の前だった。埃をかぶった銀製のトレイの上に、小さなガラス瓶がいくつか並んでいる。中には何か——髪の毛のようなものが詰められているように見える。 「触らない方がいいんじゃないかな……」 私の言葉は、老教授の声に遮られた。 「朽名くん。君はそちらの部屋を調べてくれ」 指さされたのは、右手にある重厚な木製の扉。取っ手は真鍮製で、錆びついているのか、ところどころ緑青が浮いている。 「え、私、一人で……?」 振り返ると、老教授の姿はもうそこになかった。いつの間にか、蛙子もいない。 「蛙子……? 教授……?」 返事はない。湿った空気だけが、私の首筋を冷たく撫でる。 扉の向こうから、かすかに何かが擦れるような音が聞こえた気がした。

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Chapter 2
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返事がない。 湿った空気だけが私の首筋を撫で、背筋を冷たく這い降りていく。重厚な木製の扉は、私がそこに立っていることを待っているかのように、微かに軋んだ。 「蛙子……?」 もう一度呼んでみるが、やはり答えはない。廊下の奥からは、かすかに何かが擦れるような音が聞こえるだけだ。 一人で調べろと言われても、何をどうすればいいのか見当もつかない。それでも、ここで立ち尽くしているわけにもいかないだろう。私は覚悟を決めて、錆びついた真鍮の取っ手に手を伸ばした。 指先が冷たい金属に触れた瞬間、取っ手がひとりでに回った。 「え……?」 扉が内側に開く。隙間から、部屋の中の暗がりが覗いた。何の変哲もない——いや、違う。部屋の中は、外から見たよりもずっと広い。天井は高く、奥行き...

返事がない。 湿った空気だけが私の首筋を撫で、背筋を冷たく這い降りていく。重厚な木製の扉は、私がそこに立っていることを待っているかのように、微かに軋んだ。 「蛙子……?」 もう一度呼んでみるが、やはり答えはない。廊下の奥からは、かすかに何かが擦れるような音が聞こえるだけだ。 一人で調べろと言われても、何をどうすればいいのか見当もつかない。それでも、ここで立ち尽くしているわけにもいかないだろう。私は覚悟を決めて、錆びついた真鍮の取っ手に手を伸ばした。 指先が冷たい金属に触れた瞬間、取っ手がひとりでに回った。 「え……?」 扉が内側に開く。隙間から、部屋の中の暗がりが覗いた。何の変哲もない——いや、違う。部屋の中は、外から見たよりもずっと広い。天井は高く、奥行きも異様にある。壁には無数の肖像画が掛けられ、その全ての目が、私を見下ろしているように感じられた。 足を踏み入れる。床は軋み、埃の匂いが立ち込める。 その瞬間、背後で扉が音を立てて閉まった。 「っ……!」 振り返るが、取っ手は動かない。押しても引いても、びくともしない。閉じ込められた——そう思った瞬間、部屋の奥から声が聞こえた。 「ああ……新しい子だ」 女の声だ。低く、艶めかしい。だが、どこか不気味な響きを帯びている。 私はゆっくりと振り返った。 部屋の中央に、一人の女が立っていた。着物を着た、長い黒髪の女。その姿は一見すると美しい。だが、彼女の髪が——異様に長い。床にまで届き、さらに這うようにして私の方へと伸びてきている。 「いい子だ。怯えている顔が、とても可愛い」 女が微笑む。その口元が、不自然に裂けた。 次の瞬間、彼女の髪が一斉に動いた。 「え——っ!」 逃げようとした私の身体を、無数の黒い糸が絡め取る。腕も、足も、胴も——まるで蛇に巻き付かれたかのように、身動きが取れない。髪は私の身体を持ち上げ、宙に浮かせた。 「や、やめて……!」 「大丈夫、痛くはしないよ」 女の声が、耳元でささやく。いや、違う。彼女はまだ遠くにいる。この声は——髪を通して聞こえてくるのだ。 彼女が近づいてくる。着物の裾を引きずりながら、ゆっくりと。 そして、私の正面に立った時、私は彼女の後頭部にも——もう一つの顔があることに気づいた。 「二口……女……」 「よく知っているね。そう、私は二口女。囚えた者を、こうして味わうのが好きなんだ」 彼女の正面の口が、私の頬に触れる。長い舌が、皮膚を舐める。その感触に、私は思わず息を呑んだ。 「ふふ、反応がいい」 後頭部の口が、今度は私の首筋に触れる。二つの口が、交代で私の身体を舐め始めた。 「や、やめ——あっ……!」 鱗に触れられたわけではない。それなのに、身体の芯から熱が湧き上がってくる。この感覚は——知っている。嫌なのに、気持ちいい。抵抗したいのに、身体が言うことを聞かない。 「そうだよ。気持ちよくなればいい。怖がる必要はないんだ」 女の声が、甘く溶けるように耳に流れ込む。 「快楽に身を任せれば、君も私の仲間になれる。恐怖も、抵抗も、全部忘れていいんだよ——」

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Chapter 3
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彼女の舌が、私の身体を舐めるたびに、理性が溶けていく。 首筋を這う舌の感触が、まるで鱗の一枚一枚を優しく撫でられるような——違う、これは鱗じゃない。普通の皮膚なのに、それなのに。 「あっ……や、あ……っ」 自分の口から漏れる声が、みっともないほど甘く響く。抵抗しようと拳を握るが、力が入らない。指の一本一本が、だらりと解けていく。 正面の口が私の耳朶を食み、後ろの口が背中を舐め上げる。二つの熱が、私の身体を包み込み、溶かしていく。 「もう、だめ……っ」 その言葉を最後に、私はすべての力を失った。 目を覚ますと、そこは狭い部屋だった。 天井は低く、壁は粗い石造り。湿った藺草の匂いが鼻を突く。私は檻の中にいた。太い鉄の格子が、目の前で鈍く光っている。 「あ...

彼女の舌が、私の身体を舐めるたびに、理性が溶けていく。 首筋を這う舌の感触が、まるで鱗の一枚一枚を優しく撫でられるような——違う、これは鱗じゃない。普通の皮膚なのに、それなのに。 「あっ……や、あ……っ」 自分の口から漏れる声が、みっともないほど甘く響く。抵抗しようと拳を握るが、力が入らない。指の一本一本が、だらりと解けていく。 正面の口が私の耳朶を食み、後ろの口が背中を舐め上げる。二つの熱が、私の身体を包み込み、溶かしていく。 「もう、だめ……っ」 その言葉を最後に、私はすべての力を失った。 目を覚ますと、そこは狭い部屋だった。 天井は低く、壁は粗い石造り。湿った藺草の匂いが鼻を突く。私は檻の中にいた。太い鉄の格子が、目の前で鈍く光っている。 「あ、起きた」 声がした。格子の向こうに、誰かの影がある。 「また新しい人だね。可哀想に」 もう一人の声。目を凝らすと、檻の中には私以外にも何人かいた。ぼんやりとした明かりの中で、十代半ばほどの少年と、少女が二人。みんな痩せて、目が虚ろだ。 「ここは……?」 「座敷牢。二口女が連れて来た人は、まずここに放り込まれるんだ」 少年が呟くように言った。彼の腕には、生々しい引っかき傷が何本も走っている。 「あの女は、気に入った獲物をゆっくり味わうのが癖なんだ。最初は舐めて、快楽で蕩けさせて、それから——」 「食べられるの?」 私の声は掠れていた。 「食べられるわけじゃない。もっと酷いことになる」 少女の一人が、膝を抱えながら言った。 「仲間にされるんだ。この城の……妖怪の仲間に」 思わず息を呑む。 「この城には、三匹の妖怪が棲んでる。二口女、かまいたち、たんたん坊——」 少年が指を折りながら、ゆっくりと告げる。 「二口女は、獲物を快楽で堕とす役目。かまいたちは、侵入者を切り刻む。そして、たんたん坊は——」 「たんたん坊?」 「夜な夜な踊りながら現れる。見た者は、時間の感覚を失うって言われてる。もう二度と、外に出られなくなるんだ」 冷たい空気が、背筋を這う。 この城全体が、妖怪の巣窟だというのか。老教授は、知っていて私たちを——いや、私をここに送り込んだのか。 「あんたも、あの女に舐められたんだろ」 少女が無表情で言った。 「もう逃げられないよ。どんどん堕ちていくだけだ」 格子の向こうの暗がりから、かすかに何かが擦れるような音が聞こえる。 あの長い髪が、床を這う音だ。

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