
冥き熱と電脳の狭間
路肩に停めたバイクのエンジンが、まだ熱を帯びたまま低く唸っている。レイシアはヘルメットを外し、金の髪をひと振りで整えると、ネオンサインの明滅が作り出す不気味な影の中へ足を踏み入れた。コンクリートの壁には無数の落書きが這い、排水溝からは甘ったるい腐敗臭が立ち上る。彼女のタクティカルジャケットの内ポケットで、データパッドが短く振動した。 依頼主から送られてきた少女の最終位置情報。この先、三百メートルにある廃工場だ。だが、その周辺のネットワークトラフィックを解析した結果、無許可の身体スキャンデータが異常な頻度で送信されているのが確認できた。地下格闘場——表向きは違法ストリートファイトの巣窟だが、その裏では観客の嗜好に合わせた仮想現実の娯楽が密かに取引されている。スキャンされたデータは、その素材となる。 レイシアは唇を噛んだ。選択肢は二つ。電脳空間に直接接続し、ネットワーク越しに内部のデータを浚うか。それとも、このボディスーツに身を...
Story context
World description
ネオ・シントウキョウ。超高層ビルの頂上は企業のガラス張りの楽園だが、地上はネオンと排気ガスが混じり合う退廃の坩堝だ。秩序は崩壊し、無法地帯と化したスラムでは、違法薬物や無許可の身体データスキャンが日常的に行われている。電脳空間では、スキャンされたデータを元にした仮想現実の娯楽が密かに取引され、地下格闘場では金と欲望が血肉を跳ねさせる。企業は利益のためだけに動き、市民はその狭間で生き抜く術を身につけている。
Initial situation
ネオ・シントウキョウの裏路地。ネオンサインが腐った空気を照らす中、レイシアはタクティカルジャケットの下のボディスーツに汗を滲ませながら、バイクを路肩に停めた。今日の依頼は、行方不明の少女の捜索。だが、彼女が得たデータは、無許可の身体スキャンと違法薬物が渦巻く地下格闘場への道を示していた。電脳空間に直接接続するか、それとも生身で乗り込むか——選択を迫られる中、彼女の胸の奥で、母から受け継いだ“名器”が疼き始める。
Objective
市民からの依頼をこなす中で、巨大な陰謀に巻き込まれながらも、お人好しの性格と好奇心に突き動かされ、真実を追い求める。
Chapter samples
1Chapter 1▾
路肩に停めたバイクのエンジンが、まだ熱を帯びたまま低く唸っている。レイシアはヘルメットを外し、金の髪をひと振りで整えると、ネオンサインの明滅が作り出す不気味な影の中へ足を踏み入れた。コンクリートの壁には無数の落書きが這い、排水溝からは甘ったるい腐敗臭が立ち上る。彼女のタクティカルジャケットの内ポケットで、データパッドが短く振動した。 依頼主から送られてきた少女の最終位置情報。この先、三百メートルにある廃工場だ。だが、その周辺のネットワークトラフィックを解析した結果、無許可の身体スキャンデータが異常な頻度で送信されているのが確認できた。地下格闘場——表向きは違法ストリートファイトの巣窟だが、その裏では観客の嗜好に合わせた仮想現実の娯楽が密かに取引されている。スキャンされた...
路肩に停めたバイクのエンジンが、まだ熱を帯びたまま低く唸っている。レイシアはヘルメットを外し、金の髪をひと振りで整えると、ネオンサインの明滅が作り出す不気味な影の中へ足を踏み入れた。コンクリートの壁には無数の落書きが這い、排水溝からは甘ったるい腐敗臭が立ち上る。彼女のタクティカルジャケットの内ポケットで、データパッドが短く振動した。 依頼主から送られてきた少女の最終位置情報。この先、三百メートルにある廃工場だ。だが、その周辺のネットワークトラフィックを解析した結果、無許可の身体スキャンデータが異常な頻度で送信されているのが確認できた。地下格闘場——表向きは違法ストリートファイトの巣窟だが、その裏では観客の嗜好に合わせた仮想現実の娯楽が密かに取引されている。スキャンされたデータは、その素材となる。 レイシアは唇を噛んだ。選択肢は二つ。電脳空間に直接接続し、ネットワーク越しに内部のデータを浚うか。それとも、このボディスーツに身を包んだまま、正面から乗り込むか。 前者なら安全だ。ファイアウォールは万全、意識と感覚の逆流も防げる。しかし、オフラインの空間では情報に限界がある。後者なら確実だが、危険も伴う。何より——彼女は無意識に、自分の胸の膨らみをジャケットの上から撫でた 廃工場の影から、男の笑い声が聞こえる。時間はない。レイシアはデータパッドをしまい、ジャケットのファスナーを胸元まで下ろした。冷えた夜気が、汗ばんだ肌を撫でる。
2Chapter 2▾
レイシアは金の髪をひと撫ですると、ジャケットのファスナーをさらに下げた。タイトなボディスーツに包まれた胸の谷間が、ネオンサインの青白い光を受けて浮かび上がる。彼女は自分の武器を知っている。この身体が、男たちの視線を引きつけ、警戒心を緩ませることを。 「直接行くしかないか」 呟きとともに、彼女は廃工場へと続く暗がりに足を踏み入れた。コンクリートの破片が靴の裏で砕ける。排気管から漏れる湯気が、湿度の高い夜気に溶けていく。 入口には二人の男が立っていた。安物のジャケットを着込み、首にはタトゥー。警備というより、ただの見張り番だ。彼らはレイシアの姿を認めると、すぐに目を細めた。 「おい、こんな時間にガキが一人で来るとこじゃねえぞ」 一人が声をかけてくる。だが、その視線は...
レイシアは金の髪をひと撫ですると、ジャケットのファスナーをさらに下げた。タイトなボディスーツに包まれた胸の谷間が、ネオンサインの青白い光を受けて浮かび上がる。彼女は自分の武器を知っている。この身体が、男たちの視線を引きつけ、警戒心を緩ませることを。 「直接行くしかないか」 呟きとともに、彼女は廃工場へと続く暗がりに足を踏み入れた。コンクリートの破片が靴の裏で砕ける。排気管から漏れる湯気が、湿度の高い夜気に溶けていく。 入口には二人の男が立っていた。安物のジャケットを着込み、首にはタトゥー。警備というより、ただの見張り番だ。彼らはレイシアの姿を認めると、すぐに目を細めた。 「おい、こんな時間にガキが一人で来るとこじゃねえぞ」 一人が声をかけてくる。だが、その視線は彼女の胸元に釘付けだ。レイシアはわざとらしく肩をすくめ、困ったような笑みを浮かべた。 「ごめん、迷っちゃって。スマホの地図が役に立たなくてさ」 彼女はボディスーツの腰元に手をやる仕草をしながら、一歩前に出た。身体のラインが強調される。男たちの呼吸が一瞬、浅くなるのがわかった。 「ここ、近道できないかな。友達が待ってるんだけど」 声を甘く、少し頼りなく。相手を油断させるための演技だ。男たちは顔を見合わせ、にやにやと笑い合う。 「中は危ないぜ、嬢ちゃん。俺たちが案内してやろうか?」 もう一人が手を伸ばしてくる。レイシアはその手をかわすように、さらにもう一歩、工場の影へと踏み込んだ。 「大丈夫。自分で行けるから」 その瞬間、彼女の指先がジャケットの内側に隠したデータパッドに触れた。短い電子音。周辺の監視カメラのフィードが、三秒間のループに切り替わる。電脳空間への直接接続ではない——だが、彼女の身体が武器であると同時に、この手の中の道具もまた武器だ。 男たちが気づくよりも早く、レイシアは廃工場の内部へと滑り込んだ。鉄骨のむき出しになった空間に、かすかな機械音と人のざわめきが響いている。奥からは、鈍い打撃音と歓声が聞こえてくる。 彼女は壁に背をつけ、一度深く息を吸った。胸の奥で、母から受け継いだ“名器”が微かに疼く。この身体を武器にすることへの葛藤と、それでも前に進むしかないという覚悟が、彼女の中で交錯する。 ネオンサインの光が届かない薄闇の中、レイシアはジャケットのファスナーをさらに下げ、ボディスーツの胸元をより大胆に開いた。視線を集めるための、計算された露出。彼女は金の髪をかき上げると、格闘場の喧騒が渦巻く奥へと、ゆっくりと歩を進めた。
3Chapter 3▾
レイシアはリングの熱気を横目に、観客の隙間を縫うようにして奥の通路へと身を滑り込ませた。肩越しに一瞥すると、先ほどまで彼女を見ていた男たちはまだ入口付近で笑い合っている。気づかれていない。 通路は狭く、天井からむき出しの配管が垂れ下がっている。床には油染みと血痕が混ざり合い、鉄錆と汗の匂いが濃密に立ち込めていた。薄暗い蛍光灯が数メートルおきに設置されているが、半分は切れかけている。 彼女は壁伝いに進みながら、データパッドの画面に目を落とした。事前に仕込んだ盗聴プログラムが、周辺の端末から断片的な通信を拾っている。数字の羅列——取引コードだ。身体スキャンデータの密売に使われるフォーマットに間違いない。 「……やっぱり、ここか」 小声で呟いた瞬間、前方の曲がり角から足...
レイシアはリングの熱気を横目に、観客の隙間を縫うようにして奥の通路へと身を滑り込ませた。肩越しに一瞥すると、先ほどまで彼女を見ていた男たちはまだ入口付近で笑い合っている。気づかれていない。 通路は狭く、天井からむき出しの配管が垂れ下がっている。床には油染みと血痕が混ざり合い、鉄錆と汗の匂いが濃密に立ち込めていた。薄暗い蛍光灯が数メートルおきに設置されているが、半分は切れかけている。 彼女は壁伝いに進みながら、データパッドの画面に目を落とした。事前に仕込んだ盗聴プログラムが、周辺の端末から断片的な通信を拾っている。数字の羅列——取引コードだ。身体スキャンデータの密売に使われるフォーマットに間違いない。 「……やっぱり、ここか」 小声で呟いた瞬間、前方の曲がり角から足音が聞こえてきた。複数だ。少なくとも二人。レイシアは即座に壁の窪みに身を寄せ、息を殺す。 現れたのは作業着姿の男たちだった。一人は工具箱を抱え、もう一人はタブレット端末を操作している。彼らはレイシアの存在に気づかず、すぐ横のドアの前で立ち止まった。 「次の試合までにあと三人分のデータが必要だ。客の注文が殺到してる」 「わかってる。さっきスキャンしたガキのデータはもう売れた。あとは在庫の調整だけだ」 会話の内容がレイシアの神経を逆撫でする。スキャンされたのは、もしかすると彼女が探している少女かもしれない。拳に力が入る。 男たちがドアの奥へ消えると、レイシアは素早くその場を離れた。通路はさらに奥へと続き、やがて小さな制御室のような部屋に行き当たる。モニターが並び、そのうちの一つには格闘場のリング映像が映し出されている。もう一つの画面には、人体の三次元スキャンデータが羅列されていた。 彼女は部屋の中に誰もいないことを確認すると、素早く中へ入り、ドアを背後で閉めた。モニターの前に立つ。データのリストには年齢や性別、身体的特徴が細かく記録されている。その中に、彼女が探している少女の名前を見つけた。 ——いた。 胸の奥が熱くなる。同時に、このデータがすでに売買されたのか、まだ在庫なのかを確認しなければという焦りが湧き上がる。レイシアはデータパッドをモニターに接続し、解析を開始した。画面が高速でスクロールする中、彼女の指はキーボードの上で迷いなく動く。 背後から、かすかに足音が近づいてくる気配がした。




