
リボンの行方
いつものように、私は保健室へと足を運んだ。廊下を歩く私の足取りは軽く、少しばかり鼻歌まじりだ。この単調な大学生活の中で、ネムの顔を見る瞬間だけが、私にとっての彩りと言える。 保健室のドアを開けると、案の定、ネムがベッドに横たわっていた。薄茶色の髪が枕に散らばり、赤茶色の瞳はいつもよりさらに眠そうに見える。微かに聞こえる咳の音が、彼の苦しさを物語っていた。 「ハルちゃん、また来たの?」 ネムは体を起こすこともなく、弱々しい声で言った。その手には、いつも肌身離さず持っているヘッドホンがない。 「幼馴染だからって、いつも迎えに来なくてもいいのに」 彼の言葉には、いつものように優しさが滲み出ている。まるで、私の負担を気遣っているかのようだ。 「幼馴染だからこそだよ」 私はそう答えた。ネムの隣に腰を下ろし、彼の額に手を当てる。少し熱い。 「ハルちゃんって、そういうところあるよね」 ネムは儚く笑って、小さく呟いた。その表情...
Story context
World description
ちょっと不思議で変な大学。この大学は以前は男子専用の大学だったため、今のところ女子生徒は主人公以外にはいない。主人公は大学では紅一点。 主人公は大学の寮に入れなかったため、近くのアパートの部屋を借りており、ネムもたまたま(主人公は気付いていないが、ネムが意図的に)主人公の隣に部屋を借りていて、主人公とネムはよく一緒に帰っている。主人公にはたまに実家から仕送りがあり、その送り主はミカと書かれていおり、主人公は母親だと思って気にせず受け取っている(実際は天界からの資金提供などで、大天使ミカエルからなのだが、主人公は記憶がないので気付いていない)。主人公が記憶を思い出さない限り、ミカが主人公を訪れることはない。 大学と主人公が住んでいるアパートの間には商店街があり、何でも揃う。主人公はネムと一緒に帰らない日は、コロッケやパンを買い食いしたりしている。
Initial situation
主人公はいつものように保健室にいるネムの所に向かう。ネムは病弱だから、よく体調が悪くなって保健室に行っている。ネムは少し苦しそうに咳をしていた。ハルちゃん、幼馴染だからっていつも迎えに来なくてもいいのにとネムは言うが、主人公は幼馴染だからこそだよと返す。ハルちゃんってそういうところあるよねとネムは儚く笑って小さく呟く。ネムは主人公のブラウスのリボンをそっと引っ張ってほどく。ネム、何してるの?と主人公は戸惑う。リボンが欲しかっただけとネムは何かを隠すように言う。リボン、返してと主人公が言うと、貰ったら駄目?とネムはお願いするように言ってくる。
Objective
ネムが主人公に自分はもう長くない、願い事を叶えて欲しいと言ってくる(主人公を揺さぶるためのネムの嘘だが、ネムの演技が上手いので主人公は気付けない)。 ネムとの触れ合いを通して、徐々に断片的に思い出していく記憶(今の記憶は何も覚えていなかった主人公に優しい幼馴染を装ってネムが吹き込んだ偽の記憶)。知らないはずなのに懐かしい場所。好みではない服を着た自分。見たことがない責めるようなネムの表情。舞い落ちてくる白い羽根。 ネムとの接触が幼馴染としてではない親密なものになってくると、心の奥底で自分の声でダメと警告の声が聞こえてくる。ネムと恋人関係になると、まだ引き返せると警告の声が聞こえる。 ネムの願い事や誘いを主人公が素直に聞き入れ続けていると、ネムはたちまち主人公を絡めとる。主人公が記憶を思い出さない限り、ネムは主人公に過去や正体を明かさない。 主人公は記憶を思い出し、ネムの嘘や真意に気付くことが出来るのか。 ネムとの関係の決着。
Chapter samples
1Chapter 1▾
いつものように、私は保健室へと足を運んだ。廊下を歩く私の足取りは軽く、少しばかり鼻歌まじりだ。この単調な大学生活の中で、ネムの顔を見る瞬間だけが、私にとっての彩りと言える。 保健室のドアを開けると、案の定、ネムがベッドに横たわっていた。薄茶色の髪が枕に散らばり、赤茶色の瞳はいつもよりさらに眠そうに見える。微かに聞こえる咳の音が、彼の苦しさを物語っていた。 「ハルちゃん、また来たの?」 ネムは体を起こすこともなく、弱々しい声で言った。その手には、いつも肌身離さず持っているヘッドホンがない。 「幼馴染だからって、いつも迎えに来なくてもいいのに」 彼の言葉には、いつものように優しさが滲み出ている。まるで、私の負担を気遣っているかのようだ。 「幼馴染だからこそだよ」 ...
いつものように、私は保健室へと足を運んだ。廊下を歩く私の足取りは軽く、少しばかり鼻歌まじりだ。この単調な大学生活の中で、ネムの顔を見る瞬間だけが、私にとっての彩りと言える。 保健室のドアを開けると、案の定、ネムがベッドに横たわっていた。薄茶色の髪が枕に散らばり、赤茶色の瞳はいつもよりさらに眠そうに見える。微かに聞こえる咳の音が、彼の苦しさを物語っていた。 「ハルちゃん、また来たの?」 ネムは体を起こすこともなく、弱々しい声で言った。その手には、いつも肌身離さず持っているヘッドホンがない。 「幼馴染だからって、いつも迎えに来なくてもいいのに」 彼の言葉には、いつものように優しさが滲み出ている。まるで、私の負担を気遣っているかのようだ。 「幼馴染だからこそだよ」 私はそう答えた。ネムの隣に腰を下ろし、彼の額に手を当てる。少し熱い。 「ハルちゃんって、そういうところあるよね」 ネムは儚く笑って、小さく呟いた。その表情は、どこか諦めにも似ている。 ふと、ネムが私のブラウスのリボンに手を伸ばした。白く細い指が、丁寧にリボンをほどいていく。 「ネム、何してるの?」 私は戸惑いを隠せない。まさか、こんな場所でそんなことをするつもりなの? 「リボンが欲しかっただけ」 ネムは何かを隠すように、そっと目を逸らした。その瞳の奥には、私には理解できない感情が渦巻いているようだった。 「リボン、返して」 私は少し強めに言った。別にリボンがなくても困らないけれど、ネムの行動が理解できない。 「貰ったら駄目?」 ネムはお願いするように言ってきた。その顔は、まるで子供のようだ。私は彼のそんな表情に弱い。いつも、彼の頼みを断ることができない。 「……仕方ないな」 そう言うと、ネムは嬉しそうに微笑んだ。その笑顔は、まるで悪戯が成功した子供のようだ。ネムは手に入れたリボンを眺めている。その瞳はどこか熱を帯びているように見えた。私は、彼のそんな視線に、少しだけ落ち着かない気持ちになる。 ネムは満足そうにリボンを握りしめ、私を見つめている。その瞳の奥に隠された感情が、私に何かを訴えかけているようだった。
2Chapter 2▾
「本当にいいの? ハルちゃんの大事なリボンなのに」 ネムはそう言いながらも、私の言葉を待っている。その顔はどこか期待しているようにも見える。まるで、私が「やっぱり駄目」と言うのを待っているかのようだ。 「別に、ネムが欲しいなら良いよ」 私は少し照れながら答えた。ネムが喜んでくれるなら、リボンなんてどうでもいい。それに、ネムがそれほど欲しがるものなんて、珍しい。 「ありがとう、ハルちゃん。大切にするね」 ネムはそう言って、リボンを胸に抱きしめた。その仕草は、まるで宝物を扱うかのようだ。私はその様子を微笑ましく見つめていた。 「ねえ、ネム」 私は切り出した。聞きたいことがたくさんある。 「どうしたの、ハルちゃん?」 ネムは優しい声で尋ね返した。 「ネム、最...
「本当にいいの? ハルちゃんの大事なリボンなのに」 ネムはそう言いながらも、私の言葉を待っている。その顔はどこか期待しているようにも見える。まるで、私が「やっぱり駄目」と言うのを待っているかのようだ。 「別に、ネムが欲しいなら良いよ」 私は少し照れながら答えた。ネムが喜んでくれるなら、リボンなんてどうでもいい。それに、ネムがそれほど欲しがるものなんて、珍しい。 「ありがとう、ハルちゃん。大切にするね」 ネムはそう言って、リボンを胸に抱きしめた。その仕草は、まるで宝物を扱うかのようだ。私はその様子を微笑ましく見つめていた。 「ねえ、ネム」 私は切り出した。聞きたいことがたくさんある。 「どうしたの、ハルちゃん?」 ネムは優しい声で尋ね返した。 「ネム、最近、体調が悪いみたいだけど、大丈夫?」 私は心配そうに尋ねた。ネムはいつも無理をしている。私がもっと、彼のことを気遣ってあげなければ。 「大丈夫だよ、ハルちゃん。心配しないで。ちょっと疲れてるだけだから」 ネムはそう言って笑ったけれど、その笑顔はどこかぎこちない。私は彼の言葉を信じることができなかった。 「無理しないでね、ネム」 私はそう言って、彼の手にそっと触れた。ネムの手は、いつもより少し冷たい。 「ありがとう、ハルちゃん」 ネムは私の手を見つめ、優しく微笑んだ。その瞬間、私はなぜか胸が締め付けられるような感覚に襲われた。 ネムは私の手を握り返し、さらに強く抱きしめた。その腕の力が、少しだけ強い気がした。 「ハルちゃん……」 ネムは何か言いたげに、私の名前を呼んだ。その声は、いつもより少し低い。 「……何?」 私は少し緊張しながら尋ねた。ネムが何を言おうとしているのか、見当もつかない。 「……その、ね」 ネムは言葉を濁し、私の目をじっと見つめてきた。その瞳の奥には、熱い感情が渦巻いているようだった。 その時、保健室のドアが開いた。 「あら、ネム君、今日はどうしたの? また体調が悪いのかしら」 保健室の先生が、心配そうな顔でこちらを見ていた。ネムは少し残念そうな顔をして、私から手を離した。先生の背後で、廊下の窓から差し込む光が、埃の粒子を照らし出している。
3Chapter 3▾
保健室の先生、確か名前は白石先生だったか。その声に、ネムは少しだけ残念そうな顔をして、私の手をそっと離した。先生の登場は、まるで何かの合図のようだった。張り詰めていた空気がふっと緩み、さっきまでの熱っぽさが嘘みたいに消え失せていく。 「ええ、まあ、少し。でも、もう大丈夫ですよ、白石先生」 ネムはいつもの優しい笑顔を浮かべて答えた。その顔は、先程までの真剣な表情とはまるで別人だ。まるで、スイッチが切り替わったみたいに。 「そう? 無理はしないでね。ネム君はいつも頑張りすぎるから」 白石先生はそう言いながら、ネムに近づき、体温計を差し出した。ネムは素直にそれを受け取り、脇に挟んだ。 私は少し戸惑いながら、二人の様子を見守っていた。ネムが何かを言いかけていたこと、そし...
保健室の先生、確か名前は白石先生だったか。その声に、ネムは少しだけ残念そうな顔をして、私の手をそっと離した。先生の登場は、まるで何かの合図のようだった。張り詰めていた空気がふっと緩み、さっきまでの熱っぽさが嘘みたいに消え失せていく。 「ええ、まあ、少し。でも、もう大丈夫ですよ、白石先生」 ネムはいつもの優しい笑顔を浮かべて答えた。その顔は、先程までの真剣な表情とはまるで別人だ。まるで、スイッチが切り替わったみたいに。 「そう? 無理はしないでね。ネム君はいつも頑張りすぎるから」 白石先生はそう言いながら、ネムに近づき、体温計を差し出した。ネムは素直にそれを受け取り、脇に挟んだ。 私は少し戸惑いながら、二人の様子を見守っていた。ネムが何かを言いかけていたこと、そしてそれが中断されてしまったこと。その全てが、私の心に引っかかっていた。 「ハルさんは、ネム君のお見舞いに来てくれたのね。優しいわね」 白石先生はそう言って、私に微笑みかけた。その笑顔は、とても穏やかで、安心できる。 「ええ、まあ。心配だったので」 私は少し照れながら答えた。白石先生の言葉に、少しだけ心が温かくなった。 体温計が鳴り、ネムはそれを取り出した。表示された数字を見て、彼は少しだけ顔をしかめた。 「やっぱり、少し熱があるみたいです」 ネムはそう言って、白石先生に体温計を返した。先生はそれを受け取り、カルテに記入した。 「今日はもう、授業は休んで、ゆっくり休みなさい。何かあったら、いつでも呼んでね」 白石先生はそう言って、ネムの肩を優しく叩いた。ネムは素直に頷き、ベッドに横になった。 「ハルちゃん、ごめんね。せっかく来てくれたのに」 ネムは申し訳なさそうに言った。その声は、少しだけ弱々しい。 「気にしないで。ネムが元気なら、それでいいよ」 私はそう言って、彼の額に手を当てた。少し熱い。 「ゆっくり休んでね、ネム」 私はそう言って、保健室を後にした。廊下に出ると、先程までの熱気が嘘のように、ひんやりとした空気が私を包み込んだ。窓から差し込む光が、廊下を白く照らしている。 これからどうしようか、と考えながら歩いていると、廊下の向こうから誰かが近づいてくるのが見えた。誰だろう、と思いながら目を凝らすと、それは見慣れた顔だった。 それは、同級生の男子学生だった。彼は私に気づくと、少しだけ驚いた顔をした。そして、何か言いたげな様子で、こちらを見つめてきた。




